希有な歴史を持つ広島城

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広島城(http://www.rijo-castle.jp/)の築城は毛利輝元によるものです。戦国の世の主流「山城」から、信長の安土城、秀吉の大阪城に見られる「近代城郭」が登場し、上洛し秀吉に謁見した際に訪れた大阪城・聚楽第を目の当たりにした輝元が、郡山城が時代遅れであると悟り、広島城の築城を決意しました。しかし、地盤の弱いデルタ地帯での建設だったため、工事は難航したようです。

関ヶ原の戦いの後、福島氏の居城となりましたが、幕府に無断で改築したことにより改易され、その後は11代に渡り浅野氏の居城となりました。

近代に入り広島城には大日本帝国陸軍の施設が建てられるようになります。日清戦争のころには城内に広島大本営が置かれました。

その後広島城の歴史的価値が見いだされ、昭和6年に天守が国宝に指定されました。しかし、太平洋戦争末期まで残っていた天守やいくつかの櫓、御門など江戸時代からの建物は、昭和20年に投下された原子爆弾により倒壊しました。軍事施設が集中していたことから破壊目標となったのです。現在の天守閣は戦後に復元されたものです。